基調講演

「臨床疫学の起源と進化:先人に学び、未来に繋ぐ」

 世界近代医学の二大源流と言えるドイツ実験室医学の流れとスコットランド推論医学の流れは、1889年に設立されたジョンズホプキンス大学によって融合され、近代臨床医学が始まったといってよいだろう。 初代教授「四天王」の1人William Oslerは、近代内科学の礎を築いただけでなく、広く臨床医学や医学教育に影響を残した。氏は、数々の名言を残しているが、彼の原点とコアバリューを良く示している言葉が「医学は患者と共に始まり、患者と共にあり、患者と共に終わる」だ。これは今回の学術大会のテーマでもある. 1960年代、Osler内科学は大きな転機を迎えた。承継者の一部が、臨床判断を科学的に分析する研究領域を開拓したのだ。これは後年、臨床疫学として確立し、現在世界の臨床医が行う研究の主流になっている。
 Osler内科学誕生後127年を経た2016年末、日本臨床疫学会が発足した。日本の臨床疫学は、Osler以来脈々と続く患者中心の医療と、そこから発展した新しい科学を培ってきた先人の労苦と成果に学び、それをさらに未来に繋ぐべく活動を行っている。
 このセッションでは、その末裔とも言える3人の演者が、それぞれの「物語」を通じて、過去を振り返り未来を展望する。

日時:10月31日(日)9:05-10:55

Sir William Oslerから日本臨床疫学会発足まで: 127年の物語
演者:福原 俊一
座長:濱口 杉大

 近代医学の起源をどこに求めるかについては定説がない。世界近代医学の二大源流と言えるドイツ実験室医学の流れ、とスコットランド推論医学の流れは、1889年に設立されたジョンズホプキンス大学によって融合されたと言って良いだろう。初代教授「四天王」の1人William Oslerは、近代内科学概念を作った偉人である. 内科学にとどまらず広く臨床医学や医学教育にも影響を残した。
Osler内科学の第4世代、1960-70年代に活躍したAlbert Feinsteinや、Kerr Whiteらは、内科医が行う研究に新しい地平を切り開いたパイオニアである。それまで大学の内科学の教授の研究と言えば、病理学や生化学など基礎医学研究が主体であったが、彼ら2人は、その流れを大きく変え得る貢献をした。前者は、臨床判断をできるだけ科学的に評価する学術領域を、後者は、医療をサービスと捉え、医療そのものを科学的に評価する学術領域を、創設した。前者は、後年臨床疫学研究となり、後者は医療サービス研究、医療の質研究となって、ともに、現在開花している。
 本セッションの演者Thomas Inuiは、Osler内科学の第5世代として1980-90年代に活躍した。Inuiと同級生のFletcher夫妻や、現在Columbia大学医学部長のLee Goldmanらは、Feinsteinの伝統を受け継ぎ、臨床疫学を確立した。Thomas Inuiのメンターが前出のKerr Whiteであり、医療サービス研究や総合内科学教育に多大な貢献を行った。
 演者の福原は、北米で内科学の研修を受け、第6世代としてOsler内科学を伝承した。前出のLee Goldmanから直接研究指導を受け、Feinsteinが創設した臨床疫学を伝承した。OslerやFeinsteinの末裔とも言える演者が、自分の「物語」を通振り返りながら、次世代への期待を語りたい。

日本臨床疫学の発足から未来へ:現場でいま求められていること
演者:香坂 俊
座長:宮田 俊男

 臨床疫学や EBM の分野で確立された手法は「現場」でこそ活かされなければならない。それが本学術集会のテーマでもある「患者に始まり、患者に還る」という William Osler 医師によって提唱されたコンセプト、ひいては若手医師の健全な育成につながるものと考えられる。しかし、こうした理念は言うは易しであり、一筋縄ではいかない。
 演者が21世紀の最初の10年間に米国の現場で経験した循環器診療は、そのベースは EBM のコンセプトに根差したものではあったものの、Osler 医師の時代よりも細分化され、さらに医療制度との整合性をとるためにかなり融通が利かないものとなっていた。そしてその後の10年間で日本の診療の現場では、欧米では経験することのないリアルな Evidence-Practice Gap を体験した。
 本セッションでは、こうした古典的な EBM の限界、そして EBM と現場診療のギャップを日本で埋めるために役に立った臨床疫学的な手法や経験を紹介させていただく。終盤には、このような経験を経た立場から、次の10年に向けての提案をさせていただき、他の演者と共に発展的な議論を行っていくためのプラットフォームを提供させていただきたい。

Distinguished Contributor

Thomas S. Inui, MD, ScM, MACP
Founding Chair, the Department of Population Medicine, and Paul C. Cabot Professor, Harvard Medical School


プロフィール
Johns Hopkins大学医学部卒。同大学病院で内科学レジデンシーの後チーフレジデントを務める。同級生で臨床疫学の開祖の1人Robert Fletcher夫妻とともに、レジデント時代に、同時にJohns Hopkins School of Public Health の院生となりPublic Health を学ぶ。博士号を取得。Robert Wood Johnson Clinical Scholars Program のResearch Fellow として臨床研究の修練を受ける。その後、Washington大学 で総合内科学講座教授、Harvard医科大学Population Medicine講座の初代主任教授などを歴任。2000年にサバテイカルで東京大学に半年間滞在し、医学教育改革に貢献した。米国総合内科学会理事兼会長、National Academy of Medicine会員、米国内科学会よりMaster(MACP)の称号賦与。

福原俊一

演者紹介

福原 俊一 先生
京都大学名誉教授、Johns Hopkins大学客員教授
福島県立医科大学 副学長


講師プロフィール
1979年北海道大学医学部卒、横須賀米海軍病院インターン、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)で内科レジデンシ―研修後、循環器・総合内科臨床に従事。1990年Harvard医科大学 客員研究員(SPHで修士号取得)、東大医学部講師を経て、2000年京都大学医学研究科 社会健康医学系専攻(SPH)医療疫学分野教授に就任。東大教授併任(-2002年) 。2000年に京都大学教授を退任後、同 地域医療システム学講座特任教授に就任、現在に至る。

20年間在籍した医療疫学分野に114名の大学院生が在籍、卒業生の約70%がアカデミア(うち11名の教授を含む)で活躍。研究室から、500編以上の英文原著論文を発信。2005年、京都大学SPH内に「臨床研究者養成プログラム(MCR)」を開講し、これまでに全国から200名以上の医師が受講し院生による原著論文1000編以上を発信。Johns Hopkins大学のオンラインMPH日本プログラムの実現にも協力し、客員教授として同プログラムの教育に貢献している。

世界医学サミット(WHS) 第7回本会議 (ベルリン、2015年) president。米国内科学会(ACP) 認定専門医。2014年ACP日本支部理事、 2017年ACPよりMaster (MACP)の称号賦与、Laureate賞受賞。2020年日本腎臓財団より学術賞を受賞。

福原俊一

香坂 俊 先生
慶應義塾大学 循環器内科 専任講師
同 医療科学系大学院 Program Director


略歴
1997: 慶応義塾大学医学部卒
1997-1999:在横須賀米軍病院 ・ 国立国際医療センター
1999-2008:Columbia University 内科 Resident /Chief Resident
Baylor College of Medicine 循環器内科 Fellow
Columbia University 循環器内科 Faculty
2008 以降:慶応義塾大学病院 循環器内科 Faculty
- 防衛医科大学 ・ 東京医科歯科大学 非常勤講師
- 東京大学医学系大学院医療品質評価学講座 特任研究員
- 日本医療開発機構(AMED) Program Officer ・ 評価委員
- Stanford 大学循環器内科 訪問研究員

資格
総合内科専門医、循環器内科専門医、心臓核医学専門医、心臓エコー専門医、心臓移植専門医

受賞
2006:米国循環器内科学会(ACC) Young Investigator Award
2011:日本循環器内科学会 高安賞 2012:慶応義塾大学医学部 Best Teacher Award
2018:日本循環器内科学会 臨床研究奨励賞
2019:慶應義塾大学医学部 北島賞

学会活動
日本循環器学会(教育研修委員会、IT/データベース委員会、ガイドライン委員会) 日本心血管インターベンション学会(監事、レジストリー実務委員会委員長)、 日本冠疾患学会(理事)

学術著書「極論で語る循環器内科(丸善)」・「循環器急性期診療(MEDSI)」等

香坂俊

座長紹介

濱口 杉大
福島県立医科大学 総合内科 教授
臨床研究イノベーションセンター 副センター長

宮田 俊男
早稲田大学理工学術院先端生命医科学センター 教授
医療法人社団DEN 理事長