情報・広報・啓発委員会より

第256回関東甲信越地方会 最優秀賞受賞演題(2020年7月20日~26日開催)

Student Award

本邦入院心不全診療におけるGeographic Variationについての検討

四元 春輝1)、金子 英弘1,2)、伊東 秀崇1)、桐山 皓行1)、加門 辰也1)、藤生 克仁1,2)、森田 光治良3)
道端 伸明4)、城 大祐4)、森田 啓行1)、康永 秀生3)、小室 一成1)
1)東京大学医学部循環器内科
2)東京大学医学部先進循環器病学講座
3)東京大学医学部臨床疫学・経済学教室
4)東京大学大学院医学系研究科 ヘルスサービスリサーチ講座

目的:心不全のパンデミックに対する全国的な対策が必要とされている。そのためには、心不全患者の地域差に関する情報が不可欠である。本研究では、全国の入院患者データベースを用いて、心不全患者の特徴と転帰の地域差を明らかにすることを目的とした。

方法と結果:2010年1月から2018年3月までの間に日本国内で入院し、Diagnosis Procedure Combination(DPC)データベースに登録された心不全患者447,818人(年齢中央値81歳、男性238,192人)を対象に、包括的な解析を行った。研究対象者を、入院した病院の所在地に基づいて7つの地理的地域に分けた。入院期間の長さ、院内死亡率には7地域間で有意差が認められた。Generalized Estimating Equationを用いて多変量ロジスティック回帰分析を行ったところ、依然として院内死亡率は地域差が存在することが明らかとなった。

結論:全国の入院患者データベースを解析した結果、先進国において心不全で入院した患者の転帰には地域差が存在することが示された。このことは、心不全パンデミックの時代に標準化された医療システムを確立するためのさらなる努力が必要であることを示唆している。

各地域における院内死亡率についての多変量ロジスティック回帰分析

オッズ比95%信頼区間P値
東京参照
東北1.231.04-1.420.007
中部1.161.02-1.320.029
関東1.291.15-1.500.001
近畿1.110.97-1.250.124
中国四国0.970.82-1.140.707
九州0.960.84-1.090.497

Resident Award

VAD装着術後に副腎皮質機能低下症が判明した2症例

龍田 ももこ、木下 修、川上 俊成、小前 兵衛、井戸田 佳史、嶋田 正吾、小野 稔
東京大学医学部附属病院 心臓外科

症例1は、拡張型心筋症による心不全発症から2年でHVAD植込術を施行された56歳女性。INTERMACS Profile は3で、内分泌異常は指摘されていなかった。HVAD植込術直後から、乏尿と胸腔ドレーンからの多量の排液、低Na血症、起座呼吸、全身倦怠感が継続していた。術後17日目の右心カテーテルによる血行動態評価では右心不全の所見であり、HVAD回転数の変更で改善せず、既にPDE5阻害薬の内服・利尿薬の増量をしていたため、同日からドブタミン持続投与を開始した。また低Na血症の精査として同日に行った内分泌検査では、ACTH・コルチゾール・DHEAの低下が認められ、二次性副腎皮質機能低下症として同日よりコルチゾール補充を開始した。この術後17日目を境に尿量が増加、胸腔ドレーン排液量が減少に転じた。術後29日目のドブタミン終了後も胸腔ドレーン排液量は減少し、胸腔ドレーン抜去、低Na血症・全身倦怠感の改善に至った。術後47日目の右心カテーテルでは右心不全の改善が見られ、術後69日目に退院、外来へ移行した。

症例2は、拡張型心筋症による心不全発症から3年でHVAD植込術を施行された51歳女性。INTERMACS Profile は3で、内分泌異常は指摘されていなかった。術後2日目以降、中心静脈圧の上昇を認めたものの心タンポナーデ等の所見はなく、低Na血症、座位での嘔気・冷汗、全身倦怠感という症例1との類似を認めたため内分泌検査を行った。術後4日目の検査では甲状腺ホルモンの低下が見られ、同日から補充を開始した。術後7日目の検査では症例1と同様ACTH・コルチゾール・DHEAの低下を認め、同日からコルチゾールの補充を開始した。補充療法開始後、中心静脈圧は正常化し、低Na血症、座位での嘔気・冷汗、全身倦怠感は速やかに改善した。術後10日目にはカテコラミンフリーとなり、術後44日目に退院、外来へ移行した。

ただし、甲状腺機能低下症と副腎皮質機能低下症の合併例では、本来は副腎クリーゼを防ぐためコルチゾール補充療法を開始してから甲状腺ホルモンの補充を開始すべきであった。

全身状態改善後、両症例でCRH負荷試験を施行したところ、症例1はCRH負荷に対して無反応な下垂体性副腎皮質機能低下症、症例2はCRH負荷に対して過剰に反応する視床下部性副腎皮質機能低下症のパターンを呈した。いずれの症例でも頭部CTでは脳の器質的異常を認めなかった。

二次性副腎皮質機能低下症は100万人あたり150人から280人という比較的まれな疾患である。心不全患者における合併率についてはわかっていないものの、心臓手術全般において術後に相対的な副腎皮質機能低下を呈することは少なくない。

副腎皮質機能低下症は、症状が非特異的である上に、低Na血症や全身倦怠感という所見が心不全と重なっているため、心不全患者では特に見落とされやすいと考えられる。また心不全を契機に副腎皮質機能低下が発見され、コルチゾール補充により心不全が軽快したという報告も存在する。したがって、重症心不全の治療においては副腎皮質機能を考慮すべきであり、開心術術後の経過が順調でない場合,副腎皮質機能低下症が心不全症状にマスクされている可能性も検討すべきである。

Clinical Research Award

悪性腫瘍が経カテーテル的大動脈弁植え込み術後の予後に与える影響の検討: 多施設共同研究
小島 至正1)、樋口 亮介1)、萩谷 健一1)、佐地 真育1)、高見澤 格1)、井口 信雄1)、高山 守正1)
高梨 秀一郎2)、土井 信一郎3)、岡崎 真也3)、佐藤 圭4)、田村 晴敏5)
1)榊原記念病院 循環器内科
2)川崎幸病院心臓病センター
3)順天堂大学附属順天堂医院 循環器内科
4)三重大学附属病院 循環器内科, 5: 山形大学附属病院 循環器内科

経カテーテル的大動脈弁植え込み術(TAVI)の対象患者の多くは80歳以上の高齢者であり、癌を合併することが少なくない。癌を併存疾患として有する症例のTAVI後の予後への影響はまだ明らかではない。本研究では癌のTAVI後の予後に与える影響について検討する。

2010年4月から2019年6月に榊原記念病院、順天堂大学病院、三重大学病院、山形大学病院でTAVIを施行した1,114症例を後ろ向きに解析した。活動性悪性腫瘍症例は悪性腫瘍の治療中か治療後5年以内の症例と定義した。透析症例および活動性悪性腫瘍群で癌専門医の診断する予後が1年未満の症例は除外した。主要エンドポイントはTAVI後の経過観察期間中のall-cause mortalityとした。

活動性悪性腫瘍は94症例 (8.4%)に認め、そのうち遠隔転移群が17症例 (18%)、非転移群は77症例 (82%)認めた。担癌患者と非担癌患者で患者背景が異なったのは年齢 (83 vs 85 歳)とヘモグロビン値 (10.8 vs 11.6 g/dl)であった。原発巣は大腸 (18%)、乳房 (16%)、胃 (14%)であった。30日死亡、術後脳梗塞、急性腎障害、血管合併症および在院期間については両群で有意差は認めなかった。非悪性腫瘍群、遠隔転移のない活動性悪性腫瘍群および遠隔転移群の3群の生存曲線を比較すると遠隔転移群が他の2群と比較し有意に予後が悪かった (P <0.001) (図1)。一方で遠隔転移のない活動性悪性腫瘍群は非悪性腫瘍群と予後に有意差がなかった(P = 0.62) (図1)。多変量Cox回帰分析では性別、アルブミン値、心房細動と癌転移がTAVI後の予後因子となった。転移がなければ悪性腫瘍は予後因子にならなかった。

活動性の悪性腫瘍を併存している症例であってもTAVIは安全に行うことが可能であり、遠隔転移がなければ中期的予後は悪性腫瘍を有さない症例と同等である。活動性悪性腫瘍を併存する有症候性大動脈弁狭窄症において、TAVIは有力な治療選択肢となりうる。

図1 非悪性腫瘍群、遠隔転移のない活動性悪性腫瘍群および遠隔転移群の生存曲線

Case Report Award

心内膜心筋線維症による巨大心内膜石灰化が疑われた一例

山田貴信1),上原雅恵1),石田純一1),伊藤順子2),網谷英介1),寺島正浩2),小室一成1)
1)東京大学医学部附属病院循環器内科
2)心臓画像クリニック飯田橋

【症例】
症例は68歳男性。X-4年に健診の心電図で左室肥大を指摘され、心臓超音波検査で左室心尖部の心内膜面に広範な石灰化を指摘された。その後経時的な石灰化の増大とNHYA class Ⅱ程度の労作時呼吸困難の増悪を認めたため、精査入院となった。心臓超音波検査では左室後壁から心尖部に石灰化を認め、石灰化部位で軽度壁運動低下を認めていたが、4年間の経過で明らかな変化は認めなかった。胸部単純CT検査で石灰化部位の容積を測定したところ、診断時9.08 cm3であった石灰化領域は4年間の経過で14.92 cm3まで増大していた。心臓MRI検査の遅延造影所見では、左室心尖部を中心に正常な心筋の層、線維化の層、石灰化の層と心内膜心筋線維症に特徴的な3層構造を呈していた。心臓MRIを用いた心機能解析を行ったところ、3年間の経過でLVEFに著変は認めなかったものの、左室ストレイン値の低下を認めた。右心カテーテル検査ではForresterⅢ群のprofileであり、CAGで冠動脈に有意狭窄病変は認めず、右室心筋生検では好酸球を含む炎症細胞の浸潤や肉芽腫は認めなかった。心内膜石灰化の要因としてはMetabolicとDystrophicが報告されているが、腎機能や副甲状腺機能にも異常を認めず本症例はDystrophicな要因が考えられた。冠動脈および心筋生検の所見から心内膜心筋線維症や心内膜線維弾性症が考えられ、発症年齢から心内膜心筋線維症と診断した。心内膜心筋切除術は非常に高リスクであるため、心臓リハビリテーションによる運動耐容能の改善を図る方針とした。

【考察】
心内膜心筋線維症は両室にわたる線維化が主体となり、重症例では拘束型心筋症様の病態をとる進行性の疾患である。熱帯地方の特定の地域に多く報告されているが、有効な治療法は確立されていない。本疾患の病因は不明であるが、寄生虫感染や好酸球浸潤、栄養や貧困といった環境要因の関与が示唆されており、近年では本邦でも報告が散見される。また心臓超音波検査と比較して、線維化の評価を行うことができる心臓MRI検査が注目されている。心臓MRI検査の典型的な所見としては、遅延造影所見で正常な心筋組織、線維化により肥厚した心内膜、血栓や石灰化の3層構造を認め、本症例でもこれらの所見と合致した。また本症例では経時的な心臓MRI検査を行うことで、LVEFが低下する前に石灰化の増大に伴う左室ストレイン値の低下を検出することができた。

【結語】
今回巨大心内膜石灰化を伴う心内膜心筋線維症の症例を経験した。本症例では心臓MRI検査が診断の一助となっただけではなく、左室ストレイン値の低下による病勢評価においても有用であった。

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